ぱこりにゅ

特定的な情報(人物描写など)は意図的に情報が改変されています

読めるから読もう『ひとりでしにたい』ーカレー沢薫

 

 

一部では話題のこのマンガについて、この前なんとなしにツイートしたら公式の方とご本人(アカウント)から RT されてちょっとびっくりした。

 

 

どうも今三巻が発売されたばかりで、わりと力を入れているのかもしれない。なので、その助力になればとこの Blog でも紹介してみる次第です。

 

このマンガ、ツイッターで検索すると自殺志願者と思われてしまうので、パンチのあるタイトルやな、といっつも検索している時に思っています。余談。

 

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深刻な今後の人生の課題と日本の根本の問題をラブコメで読める恐ろしさ

 この漫画はラブコメです。孤独死、介護問題(老老介護、親子関係)、結婚、生活苦、葬儀について、などを現実の生活から見た日常的な視点にも関わらず、全編ノリの良いラブコメです。

 

かなりギャグの多いラブコメなんですけど、下手なハウツー本より全然生活や考えに近い会話や考えや出来事がぽんぽんでてくるんですよね。主人公は実家が今の時代にしては珍しく裕福で、わりと親子関係も問題がないので、将来のこととか、自分の人生のこととか、考えたことが一切ない。その視点もとても良いと思います。

 

まあ私だって、ねえ。考えてるのかって言われると疑問ですよ。

 

普通にラブコメとして面白い

エピソードの展開がものすごくて、「次はこうなるだろう」って展開予測できる人はいないと思います。「なんでそうなる!?」っていう展開でどんどん物語がめまぐるしく進んで行きます。その物語の要素が、なぜか全部日本の抱えてる根本的な問題とその苦悩になっているので、それでテンポよく話が進むという謎。どういう漫画だ。日本にこんなマンガ一つしかない。

 

過言じゃなくて。本当にこんなマンガ今日本にこれしかない。

 

日本の介護問題や老人問題を語るために漫画があるんじゃなくて、ラブコメがまずあって、その話のギャグやメインストーリーの展開の要素として社会問題がある…っていう現実的な生活から、制度だの老後準備の話になるわけです。よくこんなマンガ作ることできたもんですわ。

 

台詞も、家族問題の深くえぐる所からでてきたものばかりで一言一言が読者に問いかけてきます。

 

「トロくないですか?」

「考え方、甘くないですか?」

「本当になんにも考えないで生きてきたんですね」

 

みたいな。これがギャグとストーリーに絶妙に編まれた味になってテンポが良くていいストーリーになっています。

 

何回も言いますけどラブコメなのです。ただ、その要素がとんでもなく重くて黒いので陰影がすごいことになってる漫画です。

 

あなた一人じゃないと言ってくれる本でもある

「太い実家で無自覚に育ったから、なにも今後のこと考えずにここまで来ちゃったんですか」と言われる主人公ですけど、まあここまでしっかり突っ込んで考えてきてる人は少ないんじゃないかと思います。

 

なにしろ今の日本で生活している人の特に若い人はもう本当にお金がない。

 

生活が大変。こんなの、とても考えられないでしょう。保険払って年金払って、これからのオリンピック負債はらって、老人寡占問題の追加税金もなんだかんだで払って…

 

もう知るかうるせえってもんじゃないですか。

 

でもまあ当然困るのは自分な問題でもあるわけです。こういう問題、考えた方が良いのは間違いない。大体の物事っていうのは、やっぱり準備したり手配を事前にある程度しておいた方が負担にならないわけです。

 

でもそんなの中々手をつけられない…そうしているうちに行くところまでいったのがこの物語の主人公なんだから、よくできた話だと思います。

 

一切不愉快な要素はなく、ご老人でも若い人でも読めるようになっているのは相当色々配慮している証拠でもある気がします。

 

そういう意味でもお薦めの漫画でございます。

 

ちょっとネタバレになってしまいますが、最新刊の終わりのヒキは「お父さん…投資をはじめようかと思うんだ…(老後のための資金を使うつもり)。もうツテはあるからソイツに連絡もしてある。」です。地雷過ぎる。

 

役職勤めた男性老人典型過ぎるムーブ。

 

連載も少しだけ続き読んだんですが、そこを一面的な否定で終わらずまっとうで冷静な考え方ベースに話が進んでるようです。早く読みたいよ四巻。

 

 

 

さて、そんな『ひとりでしにたい』ですが、序盤は結構なページを無料で読めるので、読むだけでも是非↓

 

morning.kodansha.co.jp

というわけで、『ひとりでしにたい』の紹介でした。

傷、大学一年生。夏。

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昨日、ちょっと思うところがあってスペースで話そうと組み上げたのだけど、結局やめておいた話を誰かの参考になるかも、と書き起こす思い出話です。

 

大学一年生傷だらけの塩見くんの話。

 

浪人してパコが入った大学の科は、外国語科。

 

この外国語科というのはとにかく女性が多くて、男性が少な目。クラス合同でディベートとかする機会も多いので、かなりコミュニケーション能力も試される場が多いし、単位が簡単にとれない上に成績づけに容赦ないので真剣に勉強してても必修の単位を落としたりするちょっと過酷な科でもある。

 

塩見くんは、そんなところに入ってきた俺と同じ浪人…浪人というか一年ちょっと何していたのかわからない…でも浪人の、テニス大好きな、いがくり野球少年ぽい見た目のボーイ。あけすけな物言いの多い素直なトリリンガルの子だった。

 

親の仕事の都合もあって、日本の小学校、スイスの中高、でもその間の一部期間には日本の学校で勉強、とかなり変わったルーツの人だったのだけど、日本でこれからもうずっと暮らすことになったということもあって、大学はうちの学科に入ってきた人だった。

 

塩見君はテニスだけじゃなくて、日本である程度の期間、野球もしていたこともあって、超ホモソーシャル(ゲイ的な意味じゃないよ)な思考と行動の持ち主で、仲間内でワイワイギャーギャーやるのは得意だし大好きだけど、それ以外はよくわからないって感じの男の子だったから、大学のあの「高校とは違いますよ」みたいな風の雰囲気にはちょっと戸惑っていたようだった。

 

さらに、外国語科に入ってくる男子っていうのはわりと世慣れた感じの人か、超マジメ系が多いので、あんまり体育会系な感じの人はいないし、その点でも塩見くんは馴染みにくいところがあった気がする。

 

とはいえ部活はテニス部とテニサーを兼ねて、やりたいといっていたバイトも始めたし少ないけどかろうじていた体育会系出身のもう一人の A くんとお笑い好きの B くん、そんで俺とは話していたから、まあそうすると最低限別に大学生だし楽しくやれているのかなって感じだった。

 

 ところが、五月の下旬あたりから塩見くんがネガティブな発言しかしなくなってきた。

 

A くんから聞いたらクラス分けのディベートや会話、どれもちょっとついていけてない上にバイトも二つほどクビになって、テニス部でも先輩と問題を起こしたりしてるらしい。

 

なんで本人から聞かずに A くんから聞いたのかっていうと、ちょっとクラスの後に俺と話してる時に涙目になったり、危うげな発言することがあって、事情があるんだろうけどとても本人には踏み込んで聞けないな…って考えて、A くんから聞いたからなのだけど。

 

その時はなんでそこまで追い詰められちゃったのだろうと、少し不思議に思ったんだけど今思うとわかる。

  • これまで不自由なく暮らしていて急に大学から一人暮らし
    (実家にいた頃、家事なんてしたことあるのかも怪しい)
  • 女性しかほとんどいない中で、少数クラス分けの語科での授業
  • 容赦ない成績づけで平気で留年させる語科の厳しさ
  • 日本的なコミュニティの作法をしらないでの部としての先輩後輩関係
  • 働いたことないのに大学からアルバイトデビュー
  • 性の部分も含めた異性とのコミュニケーション、自身の振る舞いの難しさ

これが全部一気に塩見くんにのしかかったんだから、これは中々大変だと思う。

 

加えて、塩見君は色々な場で違う関係性の人達とまとめてグループになって話す際に、どうしたらいいのかっていう処世術も身につけてないから、何度か細かい諍いも起こしてて、A くんとも喧嘩して話さない時期とかも会ったりして、ものすごく苦しんでた。

 

この頃同じくして、もうひとり塩見君と仲良しだった B くんはここまで勉強がのしかかる科だと思わないで入ってきちゃったらしくて、この頃ぐらいにはもう大学に来なくなっちゃったし(後に中退)、

 

あと、同級生でセクシー系の仕事してるってそのグラビアとか見せてくれるわりとあけすけな女の子がいたんだけど、その人に塩見君がちょっと変なアプローチをかけて塩見君についての嫌な噂が流れたりしてしまった時期もあったし、一年生はずっとしんどかったんじゃないかと思う。

 

 俺は別に塩見君とは普通に話すし、試験についても授業についてもある程度だったら全然話もできるんだけど、当時の俺は学費払わないといけなくて毎日複数バイトかけもちしてたから、そこまで大学生活に関わってなかったので塩見君は俺ともそこまで深い話はしなかったから、どこまでのものかはとても書くことはできないのだけど。

 

 あとねー、そうそう。この一年生の時は思い返すと女性陣の態度がことさらにキツかった記憶があって。

 

イジメではないけどスマートにふるまえない男に対して嫌がってる感じは伝わってくるし、特に性格キツイ子は極力男性陣全体を無視したりしていて、雰囲気も悪かった。

 

さらにバイトも大学一年の時もそうなんだけど、どうも「俺/私は社会や常識をこれだけ身につけています」というのをアピールしたがる人がいて、それで高校生の雰囲気のままだったり、そういう作法とか身の振り方とかを知らない人をことさらに説教や指導ぽいことを言って叩く人間がいるから、そのターゲットにされた部分もあるんじゃないかと思う。

 

まあクラスに関して言えば、女子は幼稚園から集団社会的通念にずーっとさらされてるところがあるから、無邪気(に見える)男性陣の一部に苛立っていたのかもしれない。

 

 二年生になった時、塩見君はテニス部も退部させられることになって、必修の文法を一個落としたし二年目も結構しんどそうだった。一年目~二年目はもう思い返しても塩見君は、ずーーっと愚痴と悪口と「セックスしたい」しか言ってなかった気がする。

 

とはいえ俺と A くんとは塩見くんは全然話するし、俺か A くんがいるときは一緒にいる人とは普通に話すわけだし、一年のときほどは辛くなくなかったのかもしれないけど。

 

塩見君の良い所はちゃんと怒れるところで、喧嘩にもなっちゃうけど「うるせえ知らねーよ」って塩見君に嫌な思いさせる人に言えるところは良かったと思う(まあ後で涙目になっちゃうから、それを俺か A くんが聞いてあげることもあった)。

 

塩見君にとっての転機は三年生の頃かと思う。

 

三年生になると授業が一番難しくなるんだけど、苦手な文法とか教科を学んでた塩見君は元々のポテンシャルとうまく重なって、授業で他の人より秀でてる部分が増えてきた。

 

留年中退がある程度でるこの語科で、ちゃんと三年生になるまで学んできたのも少し自信になったのではなかろーか。

 

塩見君は集中力がないところと、話や思考が飛びがちで論理性が弱い所が欠点だったのだけど、図書館とかで俺とか他の男友達と勉強しているうちに自分の行動や脳のパターンをコントロールできるようになったみたいで、レポートとかもわりと評価されるようになってきた。

 

それと、大学はもう必要なことをまずする場所とわりきったらしくて、学外のコミュニティや学校の帰国子女サークルとかには入っているものの、勉強以外は大学にいなくなって、免許もとってピザ配達のバイトをするようになった。

 

三年生も終わりの頃は普通の「同級生」の塩見君だったので普通に就職活動の話をして普通に卒論の準備の話をして、普通にバイトあるあるとかを話した。

 

その頃、ようやく塩見君は日本での「普通」という振る舞いを手に入れたのかもしれない。

 

 

でも、塩見君は別に俺の前では「普通」でなくても良かったのに。

 

俺は別に「普通」とか、どうでも良い。興味もそんなにない。

 

ある一定の様式や振る舞いが求められる場で無自覚に人を苛む人から攻撃されないように振舞うのは大事だけど、別に塩見君は塩見君のままでよかったのに、と思う。

 

 

卒業の頃の塩見君とも普通に話したけど、いつか一年生の頃のような塩見君とも話がしたいと今でも思う。その時は、一年生の時みたいに何も気にせず塩見君らしさをぶつけてくれたらいいと願っている。

尽きかけた小話 もういっそ、メモ帳頼り

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今日ひさしぶりにスペースのホストなんてやってみました。

 

なんにも考えないではじめてしまったので、最初の二、三十分ずっと一人でしゃべることになって、慌ててメモ帳を使う羽目に陥ったのですが、そのメモ帳の話です。きいてくれた皆様ありがとう。

 

 

メモ帳の着想とかをひっぱりだしてずっと喋ってました。

 

さてそのメモ帳なんですけど、今、パコのメモ帳には着想と小話(フィクション含)が日々一個は最低何か書いてあります。

 

なのでその、パコがメモ帳に小話を書いていることについて書きます。

 

ご参考になればワイサイワッショイ。

 

この前の日記の時にも書いたのですが、昔はわりとなんか思いつくこととか考えていることが常にあって、そこから引き出しをあけて喋るような日々でした。三十代くらいまではわりと、そんな生活だった気がします。

 

今はもうそんなの昔になってしまって、「何か話をして」って言われた時アドリブでは何もでてこない頭になってしまったので、日々持ち歩いているメモ帳にその「何か話して」の時用に書いてあるわけです。

 

自分ルールとしては

  • できれば誰が聞いてもある程度興味持ってもらえるものがいい
  • フィクションでも現実にあったことでもいいので、三行~五行程度Twitter みたいにさらっと書く。詳細や、事実関係が破綻しているように見える表現部分はあとで暇つぶし程度に推敲して直す。
  • ストーリーが作れない場合は「話題」くらいの出来事を小話として一行だけ書く
    (例えば、パコの場合は「十年日記」で本当に思いだせないことが書いてあったりすることを発見したので、この前からそうならないように書いてます…とかそういうこと)
  • 今ジャンルは「着想」「小話」「出来事」でわけてます。これは、なんとなく。

って感じでやってます。始めたばっかりだから、似たようなことやってる人いたら意見聞いてみたいなあ。

 

あとは実際のメモをご覧あれ。それで今日のブログは終わりです。ありがとうございました。寝よ寝よ。

 

 

~パコのメモ帳より転記~

 

7/26(月)

(小話)

xxxx さんが異動になった後、たまたま奥さんとお会いして立ち話。わりと深いところまで異動に関する引継ぎや人間関係についてご存知でびっくりする。あんまりこういうご夫婦いないと思う。(旧)取引先の出版社からもわざわざ奥さんに電話があったらしい。どういうこと?なぞ。

(着想)

振り返る(注)これは十年日記の、最初の頃に書いた自分の日記中の描写があまりにも雑だったり主観的すぎて読み返しても意味が分からない年度があったことから、「日々振り返ってメモして、それを転記するようにしよう」の意味的リマインダー

(着想)

XXX さんって、外に出す自分のエピソードが全部選別されてる。素を出さないということなのか、それとも演出した自分しか社会的には見せたくないのか。

 

7/21(水)

(小話)

ZOOM 会議中に「近所でうるさい日本語喋る人がいるんだけど、真似するから意味教えて」→実は事件性のある言葉だった→俺が証人として翻訳して、その人が現地警察に通報。日本にいるのに証人…。

 

(着想)

もう配達はトランクスとタンクトップで出よう

(着想)

外国人旅行者がずいぶん最近増えた…気がする。XXXXさんの言ってた通りやなあ。

 

(小話)

昔忘れるといえば「適切なタイミングで思いだせない」の意味だったけど、この年になると「本当に覚えていない(ゼロ)」なので、それはちょっと恐い。英単語や資格試験の「忘れた(ゼロ)」とかなり近いと思う。

 

 

 

 

 

 

 

スペースでおもしろい話とこわい話

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 Twitter にも書いたけど、「お願いだからなんでもいいのでちょっとおもしろい話をしてほしい(/_;)」と眠たげな人気スペーシア(とある Twitter の スペースの名前)でモウモウさん(仮名)が言うので、しばらく考えたけど何も頭に浮かばなくて、そういう自分自身にびっくりした。

 「面白い話」をパコがする場合は、どっかで書いたかもしれないけど個人的にルールがあって、いわゆる平場…多数の人に向けて公でしゃべるような特別な状況でない場合…は、

  • なるべく直近一か月あたりの出来事や着想から面白く話す
  • 過去既に別の場所で二~三回使ったネタは話すのをやめる
    (もしくはどうにも場ができなくならないくらいに感じたら使う)
  • 下ネタは避ける

という自分に課しているルールがあって、それに則して話そうとしたら、まー全然でてこない。昔は絞りだして一個出せたのに。

 

 一個出せれば、ウケなくても、だいたいそれが呼び水になって別の話を引き出せるから良い感じになることも多いんだけど、なんにもでてこなかった。

恐い話ならできたんだけど、その時は思いつかなかった。

 

 思い返せば、まあ言ってもなあって感じなんだけど、先月末くらいから Twitter で変な DM が多くくるようになった上に変なエアリプされたりすることが増えたりして、半強制的に Twitter の使い方を変えざるを得なくなったあたりから、さらに社会的な空気もどんどん悪くなってしまって、

 

そうすると楽しく暮らすというよりは、なんとか平時のようにのんびり生きることにとにかく終始した生活になっていたからーかもしれないー。知らんけど!

 

 

 そういえば、前にイベントとか色々やっている DJ の人と話した時に、「面白いことって、別に面白い出来事があれば面白いわけじゃないよ」って話が出たことがあって、言われてホントそうだなあと思っている。

 

なんでもないことや、他の人が見ててもどうでもいいと捨てているようなことに、自分の気持ちや感情、着想が乗っかってそれがうまく人にある程度共有できたんだったら、それは「面白い話」のひとつになるんじゃないかと思う。

 

問答無用で面白い話もあるから、それと比べると爆発力が落ちちゃうのはまあしょうがないけど。

 

問答無用系で言えば、モウモウさんが「おもしろい話して」って言った時に、俺自身は全然面白くないんだけど、この前、朝の電車で人生で初めて小学生に「どうぞ」って席を譲られた話をすればよかった。

 

あ(まだ本当にショック)

 

ああああああああああああ

ああああああああああああ

 

 

…腹いせに恐い話をもうひとつします(怖い話のストックは結構ある)。

 

これも前 Twitter で書いたんだけど、パコの小学校は結構特殊だったのか、当時障がいを持っている子がクラスに普通にいたし、特別学級っていうのもあって、俺はわりと遊びにいっていた(人が少ないから遊びやすくて、楽しかった。あと常に大人の人がいて、それも楽だった)

 

それで耳がものすごく遠い、いわゆる難聴のクラスメートの子とも仲良くなって、その子の住んでるアパートの部屋にある日遊びにいくことになった。

 

なんか俺がとにかくふざけて、友達の子が笑う…みたいな(当時はいわゆる TV ゲームは田舎だし、なかった)、布団広げてくすぐったりとか遊んでたわけです。

 

そんですんごい楽しくてキャーキャー騒いでたら、その家のお母さんが帰ってきて、ものすごい形相で「うるさい!!!」って言ってきて、俺の両耳をさあ、こう、シンバルみたいにバーンバーン!って叩きだしたの。

 

最初に思い切り耳をビンタされた気もするんだけど、もうとにかくすげー耳攻撃されたのだけは覚えてて。

 

そっからは飛び飛びの記憶なんだけど、もうその家を出た時からわんわん泣いてね。ずーーーーーっと歩いて泣いて帰ったら、坂の上のおばちゃんがでてきて「ちょっと!?真っ赤じゃない!!」って、顔と耳のまわりあたりを触ってくれたのを覚えてる。

 

それでね、もうその後一か月くらい耳鼻科に通うことになっちゃって、個人的にはそっちの方が地獄だった 笑 あの耳の奥に特別な鉄の器具いれられてなんかされるのが恐くてねえ。綿棒いれられたのも痛かったし。

 

友達の子とはその後も楽しく遊んだけど、当然家にはもう二度と行きませんでした。

 

おわり。

 

 

 

…なんでこの話はじめたんだったっけ…

 

まあなんか夏っぽくて良いよね。恐い話はね。

色々ストックはあるので、出せるように編集しておきたいです(脳内で)。

 

あ、四連休!これから四連休ですね。

 

よいおやすみを。 

腕トレ強化しはじめています

 

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フリートではいくつか経過の写真を載せていますけど、わりと最近トレが良い感じに効果が出てきている気がします。それで写真をみていてふと気がついたんですが。

 

 

腕が。細い。

 

今やっているトレーニングは腕に特化したりとかはさせず、まんべんなくやれる種目をやることに集中していたんですわー、そういえば。それが原因かもしれない。

 

ジムに新型コロナウイルスの影響でいけなくなってしまったので、家トレで多種目やることにまずなれようと思ってそこに注力していたわけですね。まあそれはそれでいいんですけど。

 

とはいえ、ちょっと腕は欲しい。正確に言えば腕肩背中ですけど、まあ腕。さすがにもうちょっと個人的にはボリューム欲しいです。

 

というわけで、買っていた本を再度読み返してメニューを組んでみましたよ。

 

 

レーニングの基本的な負荷がどうかとか、筋肉のどこをケアすべきかとか、トレ項目ってどういうものから選べばいいのかとか、そういった悩みはもう今は『世界一細かすぎる筋トレ図鑑』で十分ですね。すばらしいい…。

 

この本でもう大体種目はばっちり知識的にもつかめるようにできてます。この本はもう本当に良くて…栄養学的なもの以外で本格的にトレしたい人にはまずお薦めの一冊です。

 

なかでも今回良かったのが、「器具不要のトレーニングメニュー」で。各トレーニング項目の最初に大体載せてくれてるんです。

 

いやもちろん器具つかわないとバルクアップは厳しいですけど、とはいえ器具ナシのトレーニングは気軽にできますからね。

 

ちょっとコーヒー取りに行ったときとか、料理中とか、休憩がてら外に出た時とかにちょいってできるのが良い。自分は最近風呂に入るのを補足的なトレーニングのトリガーにしていて、風呂入る前、入った後にスクワットプランク腕立てあたりを 2 セットほどやるようにしてます。

 

これはウェイトトレーニングしない日にもやるので、まあなんというか、ペースメーカー的な感じですけど、こういう時に器具を使わないトレーニング項目を使っています(こういう日ごろ、癖にしてやる運動はハードルが低い方が絶対いいので)。

 

先月末から始めて、腕トレはわりと悪くない感じにはなってきている気はしてます。筋肉痛もあるし…。今後、腕肩がこれである程度仕上がってくると、本当にちょっとは自分もマッチョと言っていいかも…なんて気になってきてます。

 

ある程度自分でもそう思うようになったら、トレーニング垢を Twitter で作るつもりです。身体のステータスもそこなら載せやすいだろうしね('ω')

 

 

 

 

 

 

 

 

電脳コイル全部観ました(ネタバレあり)

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 『電脳コイル』。ネタバレが恐くて観てる時黙ってたけど、全部観終わりました。

なんかだいぶ昔観た印象と違う…。

 

想定視聴者ががっつり小学校高学年~中学生あたりになっていて、高校生がおばちゃんって感じで扱われていることと、先生が家族的な距離の近い存在として描写されているのもリアルだなあって感じた。

 

全般にわたって視点がそこらへんに定められてるね、中盤くらいまでは特に。

 

人間関係がどんどん変化していって、性格のイイだけの子も悪いだけの子もいなくて、それぞれが人間らしい自分の価値観を持っているのもドラマとして入れ込んで観ちゃえる部分…なんだけど、夏休みが終わって新校舎になったあたりから結構話がどぎつくなってくる。

 

まあ、それがまた面白いのだけど、観てて雰囲気の変化に驚いちゃう。結構陰湿なんだよね。

 

イジメが発生しそうになった時に、ふみえちゃんがイジメのターゲットになりそうになるのもヤサコが巻き込まれそうになるのもリアルすぎて背筋が緊張でピリピリした。

 

後半にリアルな展開持ってくるのは監督の腕なのか脚本家の力なのか…。どんどん感情移入して観ちゃった。

 

わりとバッドエンドというか、最悪の事態は回避されたけどそんなに幸せなのかもわからないという終わり方が当時の感じとマッチしててそれがまたいいなあ…と思った。

 

わりと印象に残ってるシーンをいくつか羅列。

 

  1. イサコを悪ガキ集団が集中攻撃するエピソード
  2. ハラケンがヤサコに思い切り嘘つくところ(告白の後)
  3. ヒゲ宇宙戦争とその末路
  4. 京子の魂が連れていかれて死にかけるところ

 

おもしろかった。でもちょっとさすがに暗すぎたかなあ。

同じ設定で別の展開のアニメがみたいくらい SF としておもしろい。

 

 

 

『養老先生、病院へ行く』 養老 孟司 (著), 中川 恵一 (著) ヤマザキマリ

 

 

この本を買った経緯は少し屈折しています。

 

うちの相方が強烈な病院嫌いなのでがん検診も受けないし健康診断も 3.11 以降行かなくなってしまって、それが嫌だったので自分は立ち読みでもともとこの本はある程度読んでいたのに知らないふりをして養老先生好きの相方に

 

「こんな本あるけど、おもろいかな~?」

 

と声をかけて興味を持たせてみようと企んだのが、始まりです。

 

幸い、この画策は功を奏して、相方は興味を持って読んでくれました。

 

 

うちの相方の価値観は「正直がんとか言われて生きていけない。だから、健康診断も検診も受けない。そうなったらそうなった時そのまま人生が終わってほしい」というスタンスです。

 

わりと明言されることはないですけど、今の世の中でそういう人は少なくないのかな、って気もしますが…うちの相方の場合は、そもそも前向きな価値観で生きているわけではないから、こういう発言になるんだろうなって気はしています。

 

 

一方、自分はこの本を読んだら、相方に感化されていた部分も大きかったんですが「がん検診くらいは受けるかあ」という気持ちになりました。

 

中川先生(養老先生の弟子であり、現東京大学医学部の医師)の説明が真摯で、納得いくものだったからです。

 

曰く、「がん検診でがんが見つかった人の場合は助かる率は低くない」「現代医療においては先生様の御診察という形にならなくなった代わりに、統計的なデータを使用することで画一的ではあるものの、進歩した治療を行えるようになった」というものです。

 

言えば養老さんの医学界から発しているメッセージの真逆に近いです。中川先生ははっきり書かないものの、結構な…

 

結構な(言葉を選んでる)…イヤミ…いや、まあ…いややっぱりあれはイヤミだな…イヤミを養老さんに向けてちょびっとちょびっと書いています。この本はほとんどが往復書簡のような本なので、それを養老さんと中川さんがニコニコやりとりできているのがすごいです(これは本当に。お二人とも器が大きい)。

 

養老さんは亡くなった飼い猫まるちゃんの死に向かっていった時のけっこうな動物病院での治療についてや、ご自身の病院の治療の件でも矛盾しているようでしていないようにも見えます。

 

でも、これは本の中でも書かれているように矛盾しているというよりは、そんなの人は場面で考えも意見も見える態度も変わりますよと言う話で、パコとしてはそれは理解できる気がします。論理一本一徹で生きる人間なんて、そらあいないでしょう。

 

とはいえ読んでると中川先生はそこらへんがこの本の中で、正直はっきりさせてほしいところだったんだな、と思います。

 

なんせうちの相方のように、世のお年寄りやおじさんおばさんの結構な数の人が「養老さんが言っているし、私も俺もがん検診なんて別に受けなくてもしかたない」みたいな態度をとる根拠としているところがあるからです。

 

それも本の中で触れられていて、中川さんとしてはまあやんわりと「でもがん検診で見つかれば結構な人が治療できて、その後も長く生きられるのだからそっちの方がやっぱり死というものを真っ向つけられた時に、正直後悔しちゃったりするもんですよ」とメッセージを出しています。

 

中川先生は糖尿病患者でも「甘い物食べたいときはある程度食べてもしかたない」という結構な余裕をもって患者を診る方でもあるので、説得力がある気がします。

 

うちの相方はこの本読んでもまあ…あんまり変わらなかったですが、元々「いざとなったら世の中からはやはり冷遇されるゲイとしてはどうする?」っていう話も先延ばしにする人なので、半分諦めつつ付き合って、がん検診くらいはいつか行くようになってくれたらええなあ、くらいに考えています。

 

人がやいのやいの言うてもしかたないですからねえ、こういうのは。

 

まずは自分ががん検診に行かないといけませんねえ。相方に「それでがんが見つかったらどうするんだ」と詰められましたが、まあそりゃあそのために検診受けるわけですし、覚悟決めてまずは自分が検診になれていこうと思います。